ベトナム中北部に位置するゲアン省。その山深い場所にあるホアティエン村(Hoa Tiến)には、古くから受け継がれる独自の織物文化がある。
今回は、この村で生まれ育ち、伝統工芸「ホアティエン・ブロケード(Hoa Tien Brocade)」を世界に発信し続ける創設者、タム・ティ・ティン(Tam Thi Tinh)に話を聞いた。
彼女が語る、タイ・ヨー族(Tay Dọ)独自の色彩、自然と共に生きるものづくり、そして村の女性たちと共に歩む未来への展望を紐解いていく。


北西部とは異なる、ゲアン省タイ・ヨー族独自の「色」
「私が生まれ育ったホアティエン村の人々は、タイ族の中でも『タイ・ヨー(Tay Dọ)族』と呼ばれている。一般的にベトナムでタイ族というと北西部のイメージが強いが、私たちの文化、特に衣装や織物はそれらとは異なる」

彼女たちの作る織物は、多様で豊かな色彩使いが特徴だ。刺繍のモチーフには、家の周りにある草花や動物など、身近な自然がそのまま映し出されている。
「貧しい田舎で育った私たちにとって、織物は生活そのものだった。7、8歳になると祖母や母から刺繍や織り、染めを教わる。自分のスカートや上着、スカーフは自分で作るのが当たり前。成長すれば、結婚の際に夫の家族へ贈るための布団や枕、蚊帳の縁飾りなどを織りためていく」

ホアティエンの女性たちにとって、織物は単なる技術ではなく、人生の節目を彩るアイデンティティそのものなのだ。
土から生まれ、土に還る。完全なる天然素材へのこだわり
ホアティエン・ブロケードの製品が国境を越えて評価される理由は、その徹底した「自然由来」のプロセスにある。
「私たちはタイ・ヨー族の伝統に従い、綿と絹、2つの天然素材を主に使用している。桑を育てて蚕を飼い、綿花を栽培するところから自分たちの手で行う。染料もすべて森や庭で採れる植物の葉、根、果実などから抽出したものだ」


綿の種を取り除き、糸を紡ぎ、草木で染め、織り上げる。その工程は気が遠くなるほどの手間がかかるが、そこには「環境に優しく、消費者に無害な製品を届けたい」という作り手の強い信念が込められている。


村の女性たちに「仕事」と「誇り」を
現在、ホアティエン織物工芸協同組合では、約30名の女性たちが働いている。その多くは30代から60代の中高年の女性たちだ。

「彼女たちは家庭の事情などで、村を離れて働きに出ることが難しい状況にある。私たちは、そうした女性たちが地元に残りながら収入を得て、家計を支えられるような雇用を生み出している」
畑仕事の合間を利用して織機に向かう彼女たちのワークスタイルは柔軟だ。分業制を取りつつも、個々の生活リズムを尊重している。地方で暮らす女性たちが、伝統技術という「武器」を持って自立する。

ホアティエン・ブロケードは、エシカルなブランドであると同時に、女性たちの生活基盤を支える役割も果たしているのだ。
失われゆく技術の復元、そして次世代へ
ティン氏の活動は、単なる生産・販売にとどまらない。ブリティッシュ・カウンシル(英国文化振興会)とのプロジェクトでは、70〜80年代に流行し、その後廃れてしまった蚊帳(マン)を織る高度な技術「タム・フック・マン」の復元に成功した。
また、2024年末にはRMIT大学(ロイヤルメルボルン工科大学)と協力し、織物の模様一つひとつに込められた意味や物語を記録した書籍の制作にも着手している。
「村の年長者たちに話を聞き、物語を深く研究した。若い世代が事業を引き継ぎ、伝統を発展させていけるよう、正しく継承していきたい」

現在では、ハノイに移り住んだホアティエン村出身の若者たちがプロジェクトに参加するなど、継承の輪は確実に広がっている。
困難を乗り越え、日本のマーケットを見据えて
2015年のブランド立ち上げ当初は、言語の壁やIT知識の不足など、多くの困難に直面したという。しかし、地道なワークショップの開催やEコマースへの挑戦を経て、今では欧米や日本、オーストラリアなどへ販路を拡大させている。
「特に印象に残っているのは、2015年7月のハノイでのワークショップだ。猛暑の中、海外からの客が熱心に足を運んでくれた。実際に体験してもらうことで、私たちの織物の難しさと美しさを理解し、愛してくれたのだと思う」

ティンは今、品質に厳しい日本のマーケットへの本格的な展開を視野に入れている。
「日本の皆様に、ホアティエン村のタイ・ヨー族の手仕事を使っていただけることは、私たちにとって大きな誇りだ。私たちの製品には、一つひとつ異なる物語が織り込まれている。その物語を、ぜひ日本の生活の中で感じていただければ嬉しい」


2025年5月からは「ベトナム・カルチャー・ハブ(Vietnam Culture Hub)」にも参加し、さらなる発信を強めるホアティエン・ブロケード。
ゲアン省の小さな村から紡ぎ出される物語は、これからも世界中の人々を魅了し続けることだろう。