【ひっそりとプレオープン中】ベトナム ホーチミン市からローカルブランドのアイテムを直送

ベトナム北部、首都ハノイから南西へ約140kmに位置するマイチャウ(ホアビン省・マイチャウ県)。石灰岩の山稜に囲まれた平野が広範囲に広がり、人口6.3万人を要する北西山地の入口に位置する街。

稲田と集落のコントラストが美しく、白タイ族(Thai Trắng)の文化が色濃く残る地域で、伝統衣装と織物の技が今も受け継がれている。

このマイチャウに拠点を構えるホアバン協同組合は、タイ族の豊かな文化遺産を保存し、地域社会――とりわけ社会的・身体的な困難を抱える女性たち――に力を与える灯台として機能している。

ホアバン協同組合は、綿と生絹を用いた織り・刺繍・縫製の仕事を生み出し、安定収入と技術習得の機会をつくる地域の協同組合であり、ブランド『Hoa Ban+(ホアバンプラス)』を運営する。

タイ族の織り文化を守りつつ、障がいのある人や遠隔地の女性の就労を支え、伝統的な織り技術を生かした現代的なデザインのバッグ、ポーチ、ぬいぐるみなど多様な製品を国内外に届けている。

 

その歩みを率いてきたのが、創設者ヴィー・ティ・トゥアン(Vì Thị Thuận、以下トゥアン)である。トゥアンはホアビン省マイチャウ県チエンチャウの白タイ(Thai Trắng)出身で、9歳前後で織りを学び、13歳で一人前の職人となった。

現在はホアバン協同組合の理事として、地域の女性とともに織り・刺繍・縫製の現場を率いる。

現地マイチャウのホアバン施設(1階がショップ、2階が工房。2025年9月時点で大部分が改修工事中)で、トゥアンにインタビューを行った。


ホアバンという名前が持つ深い意味

ブランド名「ホアバン」の由来は、ベトナムに自生する花の名前から。

バンの花は、タイ族が暮らすタイバクエリア^1に自生する特別な花で、地域の暮らしと深く結びついてきた。芳しい香りと、薄いピンクと白の五弁花が枝先に房状に咲く。毎年2〜4月の乾季の終わりに開花し、花期は葉が少ないため花色がいっそう際立つ。かつて食料が乏しい時季には、その葉を食べて飢えをしのぎ、米の代わりになるほど腹持ちがよいとされる。この歴史的なつながりが、タイ族にとってのバンの花の重要性を物語る。

トゥアンは、この「ホアバン」をタイバクの女性たちのアイデンティティを示す名と捉えている。製品の販路をより多くの国へ広げ、織物文化と伝統を守りながら国際社会へ発信することを強く願っている。

「Hoa Banは北西部の暮らしの強さを思い出させる名です。地域の女性たちの代表として掲げたい名前なのです。」(トゥアン)

【注】1 タイバク(Tây Bắc)はベトナム北西部の山岳地帯を指す広域名。狭義はディエンビエン/ライチャウ/ソンラ/ラオカイ、広義はこれにホアビン/イエンバイを加える。マイチャウはホアビン省に属し、広義のタイバクに当たる。


タイ族の豊かな文化と伝統の継承

トゥアンは、ホアビン省マイチャウ県チエンチャウ社バンラック村出身の白タイ(Thai Trắng)である。マイチャウで生まれ育ったトゥアンにとって、織物は幼い頃から生活の一部だった。9〜10歳で織りを学び始め、13歳で一人前となり、以来織り続けている。

「白タイとして育ち、9歳で織りを習い、13歳で一人で織れるようになった。機に向かえば、体が先に動く。」(トゥアン)

ベトナムには白タイ・黒タイ・赤タイ・黄タイの四つのタイ族グループがあり、居住域や文化的特徴が異なる。たとえば、白タイはアオ・コム(áo cóm)と白いスカーフを身に着ける。一方、黒タイは胸元に蝶形の銀ボタン(cúc bướm/cúc bạc)を配した上衣と、刺繍スカーフのピウ(khăn piêu)を用いる。ことばは地域差が大きく、相互理解度はおおむね50〜95%とされ、細部では違いが残る。

タイ族の基礎知識

タイ族は地域ごとに白タイ(Thai Trắng)/黒タイ(Thai Đen)/赤タイ(Thai Đỏ)/黄タイ(Thai Vàng)の四つに大別され、装い・言語・織物の文様に谷単位の差がある。

  • 分布:白タイはホアビン省(マイチャウ)とソンラ省の一部、黒タイはディエンビエン/ライチャウ/ソンラに広く分布する。赤タイと黄タイはゲアン省周辺に分布する。

  • 装い:白タイの女性はアオ・コム(áo cóm)の上衣と白いスカーフ。黒タイは蝶形の銀ボタン(cúc bướm/cúc bạc)の上衣に、刺繍スカーフのピウ(khăn piêu)を用いる。

  • 言語:相互理解度は地域により約50〜95%。完全一致ではないため、同じグループでも通訳が必要になる場面がある。

  • 織物文化:配色・幾何学・植物モチーフ、糸の太さや織り密度は谷ごとに異なる。トゥアンいわく「同じタイ族でも地域によってまったく違う」。



 

高品質な製品と地域に根差した素材選び

『Hoa Ban+(ホアバンプラス)』の製品は、ベトナム産の綿糸(bông)と生絹糸(tơ tằm thô)を主原料とする。これらは古来からタイ族の人々にとって衣服・毛布・家庭用品など生活に不可欠な素材であり、現在も工房では天然素材にもとづくものづくりを続けている。

生活に根づいた素材ゆえごまかしは利かない。トゥアンの基準はぶれない――手に取った瞬間に「きれい」と感じられるか。縫い・織り・刺繍の各工程を同じ物差しで点検する。

製品づくりの核は、常に美しい仕上がりを保つことにある。針目、織り、刺繍の細部までその基準を徹底し、手に取った人から「美しい」と言葉がこぼれる水準を目指す。

「ここでは全員が職人です。役割は違っても、仕上がりへの厳しい目線は全員が持っているべきなのです。」(トゥアン)


地域への貢献と就労支援

ホアバン協同組合のもう一つの柱は、地域社会への貢献である。現在、現場では13〜14人が働き、外部で作業する女性が約10人。合わせて20人超に安定した雇用と収入をもたらしている。

トゥアンは、関わるすべての女性を織物・縫製・刺繍のいずれかの領域の「職人」と捉える。障がいのある女性は3名在籍し、マイチャウから遠い地域の出身者もおり、年に数回しか帰省できない場合がある。

協同組合は住居と食事、技術訓練を無償で提供し、働く場を通じて生活を支える拠点として機能している。

「障がいのある仲間もいます。住まい・食事・技術は無償で支え続けています。働ける場が尊厳を守ると信じているのです。」(トゥアン)


歩みと転換――社会保護から協同組合へ、そしてvery50との出会い

ホアバン協同組合のはじまりは2007〜2008年、トゥアンホア社会保護施設(Cơ sở bảo trợ xã hội Thuận Hòa)としての一歩だった。

タイ族の織り文化を守り、訪れる人に伝えながら、障がいのある人に職業訓練と働く場をつくることが目的。立ち上げは3人と小さく、収入も細かったが、機(はた)の音は絶えなかった。やがて制度の壁――正式な請求書を発行できず取引が滞る――に何度も突き当たる。

そのボトルネックを越えるために、2023年9月、組織をホアバン協同組合(Hợp tác xã Hoa Ban)へ転換。社印を持ち、正式な請求書を発行できる体制になって、取引はぐっと進めやすくなった。品質は外からも見える形に整えるべく、今ではベトナムにおける一品一村プログラムOCOP(One Commune One Product)の代表として選出され、仕上がりの美観・基準適合・衛生や環境配慮・無化学物質性をブランド運用に落とし込んでいる。

歩みを押してくれた出会いもあった。

2010年代前半、日本のNPO very50(MoG=Mission on the Ground)とつながり、製品開発・デザイン・販売促進の支援を受けた。前身の職業訓練拠点は2008年に立ち上がり、2013年には『Hoa Ban+(ホアバンプラス)』としてブランド化。

当時のデザインは今も一部で息づき、現場の美意識と仕組みの両方を静かに支えている。


ホアバンの未来へのビジョン

トゥアン氏はホアバン協同組合の未来に向けて明確なビジョンを持っている。彼女は現在のモデルを維持しつつ、さらなる発展を目指している。製品の美しさと品質をさらに向上させ、顧客により良い製品を提供し続けたいと願っている。

そして、ホアバンの活動をさらに広げ、遠隔地の女性たちへの支援を強化したいと考えている。まだホアバンのような活動ができていない地域でも、織物を学び、仕事を得たいと願う女性がいれば、積極的に支援に赴き、ホアバンのような雇用創出の機会を広げていきたいと語っている。

『Hoa Ban+(ホアバンプラス)』の将来的な展望として、製品のデザインやアイデアをさらに豊かにするために、外部からの協力やプロジェクト、あるいはデザインに意欲的な若者との連携を強く望んでいる。

ホアバンは、単なるビジネス以上の存在として、タイ族の文化と伝統を守りながら、地域社会に深く貢献し、多くの人々の生活を豊かにするための活動を続けていく。

「もっと美しく、もっと遠くへ。そのために美しさの基準を磨き続けます。」(トゥアン)

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